始まりと終わりの合図

 

始まりと終わりのお話。

 

 

始まり。

それは松竹座1階席の前から二列目。

柊真ちゃん(金内)から。

 

 

まいジャニの1回目放送を(再放送か関西遅れの放送かも)観てから、目に止まったのがとーまちんで。

 

 

 

そこが君との始まりと原点。

 

そして、1番の後悔も貴方に。

 

2014年のクリパに初めて行って満足をした私。

 

学生の身分(WEST.をガッツリ推してたからこそ)でそんなにもコンサートには行けないなの理由と好きな子が辞めるなんて1ミリも想像していなかったから、春松竹に誘ってくれたお友達のお誘いを断った。

 

オタクをしていて本当に一番の後悔かもしれないと思うほど後悔を今でも抱えている。

 

その春、君は去ったんだよね。

 

そんな絶望の中、WESTのパリピポでなぜか丈ちゃんを探していた定か、同時にぐらいの優馬コンに末澤???誰??と界隈がザワついたのを覚えてる。

 

そこで目に映りこんだ非公式のFunky8の文字も。

(この当時は、メンバーは半分くらいしか分からなかった)

 

 

優馬コンのオーラスでは全員泣いていたというレポートをみたのも今でも鮮明に記憶に残っている

 

そこからの経緯は1ミリも覚えてないがその秋頃に何故か希望を見つけた。

 

 

優馬コンの客降りがすごくて淳弥くんの立ち位置入りたいって調べた記憶はあるから時系列が定かでは無い)

 

なぜ好きになったのかどこでなのか分からないけど、希望の光が目の前にいた。

 

淳弥くん、君は一番星だったんだよ。

 

ここでもう一度、いや本腰を入れてガッツリとJr担をやる事になる。

 

そんな未来想像もしてなかった。

 

 

淳弥君を好きになったことにより自分の中での末澤さんのちゃんとした認知もここで再度確認したことになる。

 

本当にここからがずっと楽しいと苦しいの往復をすることになった。

 

私の青春を注いだのは淳弥くんで。

 

居なくなる覚悟とお別れもちゃんと出来たのも淳弥くんで。

あの時の柊真ちゃんの後悔を淳弥くんにはするもんかと全力を注いだのも君で。

 

思い返しても楽しかったな〜と振り返っても微笑んじゃうくらい楽しかった。

 

淳弥くんが居たから見たことない景色を沢山見たし、沢山笑った、沢山泣いた、沢山のお友達ができた。

 

淳弥くん素敵な世界を見せてくれて本当にありがとう。

 

そして2019年のここでJr担の区切りをしようと思っていた。

 

淳弥くんが最後だろうなと。

 

なのに、淳弥くんと同時にずっと好きだった末澤誠也がそうはさせてくれず。

 

 

前にも書いたけど、末澤誠也が結成してすぐのAぇ! groupという新しい世界へと連れていってくれたお陰で新しい夢を見つけた。

 

 

 

「「末澤誠也の最後までを見続けること」」

 

 

過去の私へ。

 

末澤誠也の勇姿を最後まで見届けれたよ。

彼の新しい未来も今、見てるよ。

 

最後に誠也を追いかけて出会ったのが晶哉ちゃん。出会っちゃったのが運の尽きかもしれない。

 

 

wsws.hatenablog.com

(過去に書いた晶哉ちゃんのお話です)

 

そして、晶哉ちゃん。

もう2人よりも君の担当している方が長くなっちゃったよ。

 

そんな事を最近ぼんやりと考えている。

 

 

最後の合図。

 

Jr担が終わる合図の日は、偶然にも京セラのスタンド前から二列目にいた。

 

 

意図があったのか奇遇だったのかたまたまだったのか分からないが、デビュー発表を聞いた瞬間走馬灯のように2人を思いだして、私の始まりも終わりも二列目だったなって思ってしまった。

 

二列目から始まって二列目で終わったのは何かの運命だったのかなと思っている。

 

そして、この10年どんなけ遠かろうがずっと好きな人に撃ち続けたバンバン。

好きな人に向けて叫び続けたロマンティックのC&R。

ずっと好きだよって気持ちを込め続けた曲が聞けなくなるのは寂しさを感じる。

 

けどこれからの未来には、好きな人と一緒に歩きまだ見る新しい未来へと胸を踊らせる。そして、最後まで見届けようとした、その未来に末澤誠也が居ることも。

 

 

ねぇ、晶哉ちゃん。

 

過去があって未来があって今がある。

だからこそ、君の未来と今の君を大切にさせてね。

 

想いをずっと綴らせてね。

 

晶哉ちゃん、君が最後の自慢の担当だよ。

 

 

P.S

 

入所8年目おめでとう。

アイドルでいてくれてありがとう。

ずっと、大好きだよ。

 

 

春爛漫

 

 

春は苦手だ。

 

 

なのに春が好きになってしまった。

 

 

春は好きな人達の背中を何回も見送ったから

苦手だった。

 

 

なのに春の訪れを噛み締めるように微笑む君が本当に幸せそうだったから好きになってしまった。

 

悪い季節ではないのかなあと。

 

 

 

「本当に辛かったわ」

 

と京セラドームという大きな舞台のど真ん中で初めて弱音を吐き出してくれた君に、弱音が吐ける場所と空間とそれを一緒に受け入れてくれる仲間達が横に並んでいて本当に安堵した。

 

ただ、そう吐き出した君の言葉にはまた過去の重みが全て詰まっていた。

 

無名時代。もしかしたらFunkyの時。それともAぇになってから、いやもしかしたら去年かもしれないと。

 

「辛かった」のたった5文字なのにその5文字が本当に重みを増し自分自身も辛くなってしまった。

 

私は君を約9年しか見てない。たったの9年、もしかしたら9年もかもしれない。君の全部を見れてた自信は1ミリもないけど君が辛そうな表情をした瞬間は沢山見てきた。

だから、どうしても君に対しては考えてしまう。

 

いつも強がっていた君がその小さな体ごといつか消えてしまうのではと不安になる日もあった。

春になれば消えていかないかなと見に行った日も幕が開ければいなかった日の不安も全てあった。

 

それでも足掻き続けてくれる君がいたからずっと見続けていられた。君に対して出来ること本当に少なかったけどそれでもグッズや写真だけは買い続けた。

 

なにわ男子が結成されたと同時にFunkyが事実上の解散になった時もすごく不安で怖かった。永遠なんてないって分かってたはずなのにこの8人ならもしかしたら.....なんて夢を抱いていたから。

 

その後のあけおめは本当になんで....ってなるくらいの差がすごく、出番がなんでそんなけ....?と。そこが1番怖かった。本気で居なくなると考えた。だって、当時のオタクにはもうグループ組むことが決まっていたなんて知る由もないから。

 

 

ただそうなるとグループが決まっていたのにも関わらず、なぜあんなにも光を通さない目をしていたのか、わからないまま1番しっくりくる理由を今でも探し続けている。

 

なにわ男子がデビューが決定したあの日。本当に悔しすぎた。一緒にやってきてずっと見てた子達の門出の気持ちも持ちたかったのに、すぐに浮かんだのは君の顔で。君がどうかこれ以上悔しい気持ちにならないように祈った。

 

 

君をいつ見つけていつ好きになったかなんて本当に分からない。けど気づいたら君を好きになっていたが正しい。特に君の踊る舞い恋は私含め誰の目にも止めただろうなとよく考える。あれは末澤誠也にしか出せないし末澤誠也そのものかもしれない。あの時の君がいたからこそかなと。

 

 

そして最後に、淳弥くんが好きだった私が今は晶哉ちゃんが好きな私がなんで自担にしないのかなって考えた時も言われた時も答えは1つしかなくて。末澤誠也を自担にするには、見てきたからこそ君の重荷を背負える自信が本当になかったから、無責任なことはしたくなかった。君の悔しそうな表情も目に光が無くなった瞬間も見てしまったら本当に背負えなかった。

 

こういう事を書く時点で自担じゃないのにおかしいかもしれないけど、それでも裏で密かに見守り続けた経緯があって君がそこに入ったから、そのグループを見ようと今に至る。

 

Aぇの中にいる君の目には優しさが溢れていて、よく笑うようになって守らないといけない覚悟も見えて本当に楽しそうで、こういう表情もするのかと何度も驚かされて。

でも1番は君が少しでも信用して笑い合える場所がちゃんとできて本当に良かったと何度も思った。

君は幸せになっていいんだよ、本当に。

 

傷跡隠すように微笑む君もその優しさも幸せを掴み取った君の表情もずっと忘れない。ずっと大好きだよ。

 

 

だからどうか、春の花が満開に咲き誇り光溢れんばかりに輝いた君がどうかずっと幸せでいられますように。

 

 

 

「愛される一輪の花は君そのもの」

 

 

 

PS:ずっーーと顔が好きでいさせてくれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あー、きっと彼が辞めたらジャニヲタという言葉は捨てるだろうという彼の背中を追いかけるのが好き。顔がももちろんやけどその背中からでるアイドル感が好きで好きで本当に叶わないなと思ってしまった、いや思わされた。なんでどうしてずっと追いかけてしまう背中が好きで。神様どうかこれ以上彼を虐めないで、彼から何も奪わないでどうか幸せな顔をして。残像が残り可愛い猫が消え寂しさを仲間にぶつけていたけどそれを汲み取ってくれなくて流されて。きっとあの子なら笑顔でありがとうー♡って可愛いよね俺って表情をしてくれるもんね。1番寂しかったそこが、きっと彼も寂しさを隠しきれないくらい今もずっと寂しいのだと思うしいない事に慣れない。失ったものが大きすぎたねと。

タイトル未定

 

 

いづれ貴方も私も死ぬのだから」

 

映画を見て1番心に残り1番記憶に残った言葉。

 

 

 

 

そんな映画を繰り返し繰り返し見るために足を運んだ。

 

自分と重なる青春。

自分も高校生の時よさこいでは無いけど似たようなことはしたなと重なる。

 

「団体行動は苦手だけど音楽は好きなんです」

そう叫びかける柊真

 

難しい年頃、どうしていいのか分からない年頃。きっと誰しもが通っただろうなあと自分にも語りかけた。

 

先生はフレンドリーな方だったけどこういう時だけはきちんとした戒めのセリフを吐く。下の名前で呼ばぶ、佐伯と呼んだのは劇中最初で最後。先生しか苗字の名を聞かなかった。

 

 

 

 

 

生と死。

 

こんなにも人に愛されて全うできるのは少しだけ羨ましく感じた。やりたい人生、望む時間。何もかもがこの今が大事なんだと痛感した。

1分でも1秒でも生き抜く。

強く背中を押された。

生きてるのも悪くないんだなと。

望む時間が持てるのは幸せな事だと。

人を愛す分人に愛される存在になりたい。

誰かの分まできちんと生きたい。

これに関しては前々から思うことがあった。

明日を迎えることは天使からの贈り物

そう微笑みながら囁く彼の姿が忘れられない

今を今を大事に生きていいんだ

ちゃんと生きていいんだ

そう背中を押してくれた。

ありがとうございます、大仕事を。

本気で死のうと思う度にこの映画を思い出そうとそう思う。そして明日へときちんと生きて繋げる

 

 

 

 

 

 

 

スプレー缶で染める色

「秋に咲いた桜は次の春も咲けるのだろうか」

 

最初から最後までこの台詞について考えた。

秋に咲く桜とはから始まり最後にマミの白い服で桜の花びらの散るシーンまで全て。何を伝えたかったのか何を示したかったのか。答えを探し続けた結果に秋に咲いた桜は葛藤の自分(現状)次の春も咲けるは本来あるべき姿。かなと

 

・服装の変化

初めはベージュ(下も上も)それがだんだんマミとの関係が深まるにつれ、マミの真っ黒がだんだん深馬(ミウマ)に侵食していく。スボンが黒になる。深馬が倒れたあとの病院は白と黒の中間の灰色。きっと中間の彷徨いを示す。彷徨いと迷いを示す。

 

現実に縋りたかった深馬の最後のセリフは

「もしもし」

「僕だけど」

「あのさ」

「今から会えないかな」

杏奈への縋り。現実部分を支えてくれた縋り

 

マミ「私がいれば、君は何にだってなれるんだよ」

 

結局マミは存在しない人物なのは分かっている。そしたら深馬にとっては何....?とここでみんな疑問が頭に浮かぶ。初めは全部夢だったで終わらす予定だった。けどそれはすぐに屈がされた。夢なんかじゃない、深馬は二重人格もしくは精神病に犯され幻を見ていたのかもしれない。それが正しいのかもしれないけど、加藤シゲアキ先生はきっと答えを作っていない、答えそんなのないよ、自分がそう思ったのが答えそのものだ!と笑顔で言う人。恐ろしい。桜の樹の下には死人が埋まるやだから白い衣装、そして、なぜマミを女性に置いたのか。桜は綺麗なもの。それは、女性は清らかと示したかったのか。6本の指と手形を残す。これも何かをきっと暗示しているのだろうなあ。再生、葛藤、現状、きっと自分の今いる立ちと迷いが全て

 

そして、先生が偽物の犯人だとバレた時には確信した。あ、先生の世界だ!作品をマミに壊されたとなってるシーンも。あ、先生の世界観だと。

 

 

 

「1度ついた染みは消えない」

きっと永遠に彼の心を染め続ける。一生なくなることはないのだ。色が彼を染めるの。そしてまたきっとマミという黒い塊が姿を現し彼をはぶらかすの。「また死ねなかった」「作品を作り上げることが怖い」「作り上げることが死ぬことと同じなんだよ」が心の叫び。

 

 

最後に個性のない正門さんだから加藤シゲアキ先生の世界観に混ざりやすかったのか、それとも器用だから混ざれたのか。きっと先生の世界観に染まりやすかったのは事実かもしれないし、先生と重なる部分がどこかあったのかもしれない。久しぶりに化け物をと化け物の作品を見たなと始終ニヤニヤしてしまったのとそこには正門がいなくてそこに居たのはずっと存在してたかのような深馬しかいなかった。果たして彼は染まらないのか、それとも役を割り切るタイプなのかと。ポリダクトリー(完)

 

目の細いドラムに落ちた話。

少し遡ること1年半前の話。




約4年?5年?の間、2019年の3月31日まで....の間いや、わかる人には分かるだろう。この年のこの日に関西Jrにサヨナラをジャニーズにサヨナラを告げたのはきっと彼だけだから。






小島を見ると今でも仲良くしてくれてたなとか
今江くんを見ると隣にずっとベッタリ居たのになとか時々思う。






重く言うと彼に青春を捧げた。
初めてバイトというものをして彼に捧げた。
彼に会うために必死にオシャレをした。
高校を卒業と同時に化粧もした。
なんなら付き合ってた人にまで彼の写真を
見せて、かっこいいというお言葉まで強制に頂いた。
団扇も必死に作った。
SNSに写真が上がった時は泣かなかったけど、次の日彼が舞台から姿を消した時は泣いた。
(付き合ってるのは構わないし、それを隠し通せば自分的にはOKだと思っていた)
目の前で彼の団扇が売り切れたこともあった。
アイドルの彼と初めてハイタッチして死ぬほど喜んだ秋頃もあった。
初めて最前を当てて、同じ好きな友達とうだうだ言いながら死にかけたこともあった。
どんなけ遠い席でもよく周りを見てくれててファンサをくれる時もあった。
ファンキーなお兄ちゃんたちがばらばらになって彼がグループに所属してなかった時は怒り狂っ他と同時にかなしくもなった。入れた人達のファンが羨ましかった。
自分の誕生日に貴方に会いに行った。









彼が辞めるとどこかで感じ取ってた滝沢歌舞伎が最後に見た彼の姿だった。















彼が居なくなった。












でも気持ちの整理はどこかでしてたから割とショックはなかった。







けど心は空っぽになった。







途方にもくれたし、ジャニヲタをやめようとまで思った。(関ジュのヲタクは辞めるって周りにめっちゃ言うてた)






でも、彼と同じぐらい(担当ではなく顔が好きだったけど彼が好きすぎたので担当にはできなかった。)の年月を見守ってきた末澤誠也がグループに入り、東京で公演をすることを知り最後に見に行こう、これを最後に関西の現場は離れようと思い末澤担の母を連れて1日しか休みのない中、東京へ行った。




これが悪夢の始まりでもあり私と自担くんへのちゃんとした出会いになるのだ。






当時はほぼモチベゼロで挑んだ。






なのに、なのに、悔しいくらい、私のど真ん中を貫いた。元々バンドマンが好きで箱に行くくらいだったので本当にバンドスタイルがドンピシャに刺さった。




公演が終わった後時間が無くすぐ新幹線に飛び乗ったが東京から大阪までの区間約2時間半


私の頭の中は ????? で埋まった





誰が好き?とかではなくグループ全体が良すぎたのだ。いわゆる 箱推し って言葉がぴったりだった。そして、また彼たちのバンドを、彼たちが語りかける音楽を聴きたいと思うようになった。




そして、夏もチケットを取ってしまった。
いや、取らずにはいられない状況になった。
頭の中は彼たちの音楽で染められたから。
ちゃっかり末澤の誕生日のチケットを抑え
ちゃっかりその日だけは末澤担の気持ちになり
ちゃっかりと祝った。






その公演で、出会ったのがヨシコ






初めはなんじゃこのおなご!は!って思った





でも見れば見るほど味が出た





でもその時も末澤の誕生日を祝えたってことだけで満足だった。



箱推しという沼には片足どころかもう両足どっぷり浸かった夏だった。



秋、よしこを思い出し彼の演技がみたいと思いチケットを....ってなったのに来たのは落選の通知。そっか、まだ私に彼を見るのには不十分なのかと思ってしまった。けど、有難いご縁がありチケットを譲ってもらった。当日美容院にまで行って気合いを入れた。気合いを入れすぎて眠たくもなったけどそれでも、あ....この舞台よかったと思ったり、晶哉のことをもっと知りたいとも、見てみたいとも思った。パンフレットを買わなかったのが後悔という言葉を残した










買えよ!!!過去の私!!!!










そして冬のツアー。



また難問にぶち上がってしまった。



団扇を持たなければいけない現場だったこと。
持たないって選択肢もあるけど、団扇を持てる現場は久しぶりにだったし、もしかしたらそうそうないかも(松竹座を生きてきた人間ならわかるかも)と思ってしまった。



持っていたチケットの前日の公演には佐野晶哉が出演していない事件が起こり、何故かショックを受けた。(風邪だけは本当に仕方ない話)しかし、当日のメールには出演の文字が入ったメールを見ては喜んだ。




当日は一部も二部もチケットを抑えていた。二部には末澤担と入るため必然的に末澤を持つと二人で決めていた。そしたら....一部はどうしようと頭を悩ませた。だけど、とりあえず春からいや、正確に言えば滝沢歌舞伎から可愛いなこの子ってなってた、大晴を持った。









なのに、、幕が開けて曲が少し進みメンバーが2人組に別れて曲を歌い出した時に沼へのカウントダウンの始まりだった。








初めのリチャと晶哉の組み合わせ見た時は
ほう、珍しい組み合わせだなとしか思わなかった。





なのに曲が始まると彼たちの歌声、そして晶哉から目が離せなくなっていた。








......何この子.......???????








表現力どうなってるの???やばくない??









頭を抱え込んだのにその後のコントでまた頭を抱えることになる。



よしこ!?!?!?





よしこやばくない?いや、もうめっちゃいいキャラクターじゃん。めっちゃいい味出してるやん。なんで今まで隠してたの?って。









その公演はどうしても晶哉から目が離せなくなしまった。








二部も末澤って団扇持ちながらも結局目で追いまくったのは目を奪われたのは現にも晶哉で。
もっと彼を見たいもっと彼を知りたいもっと彼の個性がみたいもっと彼の笑った顔が見たいドラムがみたいと思ったのも間違えなく佐野晶哉だった。






晶哉って....確か.....ってなった。





コバルトブルー.....?


晶哉の歌うコバルトブルーが凄い好きだったし、すごい歌が上手いって思っていた。当時の私の心を掴まれたのも覚えている。けど、好きな子という軸があったので晶哉には落ちなかったのも。(あの当時、晶哉が歌ってたコバルトブルーを聴いただけでカラオケで歌ってたのはここだけの話。それぐらい晶哉のコバルトブルーが好きで心を踊らされてた)



そんな冬のツアーからどっぷり彼の沼に落ち、団扇を急いで買って!!と友人に連絡し、私の心の希望が見えた2019の冬。





年明けのコンサート









いや、もう、普通に晶哉って団扇作ってもらっては普通に晶哉って団扇を持っていたよね









ヲタクの行動力凄まじい。
Aぇには確かに沼に落ちてはいた。
でも担当が決められなかっただけ。
それだけの話なのに。




1ヶ月経たずして過去のAぇの雑誌を読み漁りまいジャニを見直し、できる限り晶哉の情報を漁った。








ヲタク怖ぇ!!!!!!










って私もなった。






そんなとんだ怒涛の1年間を過して思ったことはヲタク楽しいに尽きる。私生活が楽しくなるよ。彼の為に仕事頑張ろとかお洒落しよとかまた思うようになった。生きる活力って言葉が1番かも。結論何が言いたいかと言うと、沼に落ちてよかった。出会えてよかったって。担当が変わったのにも関わらずそれでも周りのヲタクは優しく話聞いてくれるし、よいしょしてくれるし、変わらず接してくれるしって。有難い話だよほんと。周りには本当に恵まれたなって。


これからもきっと好きだしこれからもずっと沼だよね。きっとこれからも好き!とか語力失って狂ったツイートしかしないかもしれないかもしれないけどお付き合いしてください



はあ、、晶哉ちゃん...好きだ!









一生担当で居させてくれ!!





(完)